漆黒堂

人生を無彩色で彩りたい。

漆黒との出会い ~知られざる漆黒堂誕生の秘話~

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かつて、一年に一度だけ、元日の朝餉として雑煮を食する時にのみ開封された木箱。

今は亡き父が押入れから恭しく取り出す様を垣間見ては、中身は余程の品なのだろうと子供心に感じたものだった。

「これは、いずれお前の物になる品だ。大切にして欲しい。」

毎年毎年繰り返されてきた台詞である。

実際はそれ程高価なものでは無いのだが、当時はその言葉を聞くたびに嬉しかった。

正直、父とは美的感覚が全く嚙み合っていなかったと記憶している。

絢爛豪華で価格の高いものを好んだり、デザインよりも作者あるいは製造元のネームバリューを重要視した父。

「どうだ、コレは良い物なんだぞ!」

と、自慢気に話されても、心に響くことは殆どなかった。

 

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だが、少年の私にとって、この品だけは全くもって別物であった。

父と感性が一致した唯一のものであると言っても過言ではない。

美への探究心などある筈もない年頃ではあったが、心惹かれる何かが確かに存在した。

 

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漆器は一般的に見て、使用する木材や木地の挽き方、或いは使用する漆や塗りの工法も関与するらしいが、往々にして複雑な象嵌や蒔絵が施されているほど価値が高いようだ。

よって、この様に無地のものは、同列の商品群において一番ランクが低いとされる。

しかし私にとって、これこそが美の極致であると信じて疑わない。

意匠に左右されず、黒漆の持ち味だけで勝負する美しさ、ここに極まれり。

そう、この器こそが、私にとって最初の愛すべき漆黒であったのだ。

 

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先日、父の七回忌を滞りなく終えたばかり。

生前の約定通り、少年の心を虜にした漆黒の器は、今ではすっかりオッサンとなった私の手元に存在する。勿論、かけがえのない宝物として。

この歳になると欲に塗れてくるので、ぶっちゃけ親父殿が好んでいた感覚も分からなくもない。だが、やはり漆黒は美しい。この美学については、身も心も薄汚れた現在においても変わらないようだ。いつまでも大切にしていこう。

 

・・・こうして生まれた漆黒への探究心。

そのきっかけとなった器こそが、当ブログ「漆黒堂」のルーツなのである。