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漆黒堂

人生を無彩色で彩りたい。

土曜愛の劇場 「誤解の果てに」

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「アイナ、それはゴカイだ、ゴカイなんだ! だから、考え直してくれヨ!!」

「そのセリフ、いい加減に聞き飽きたわっ!ワタシが望んでいるもの、知らないとは言わせないからっ!!」

余程鬱憤が溜まっていたのだろうか、普段決して言い返さないアイナの猛攻に、ハリーは二の句を継ぐことが出来なかった。そんな、何時までも沈黙を破ろうとしない目の前の男に苛立ちを隠しきれないアイナは、ここぞとばかりに今までの不満をぶちまける。

 

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「ねぇっ!ワタシが何も知らないとでも思ってるのっ!! 貴方、他の場所でも色んな女をとっかえひっかえ騙しまくってるそうじゃない!!それとも何? どれもこれもワタシの時と同じように、ゴカイだったって言うのっ!? もうっ!何か喋ってよ!!」

余りに矢継ぎ早な追及はハリーをますます沈黙の深淵へと引きずり込んでいく。しかし、アイナは別に答えを知りたかった訳ではない。とにかく、ただ黙って立っているだけの不甲斐ない男が無性に腹立たしかったのだ。

「・・・ゴカイ、なんだよね?」

先程とは打って変わり、いつもの優しい口調でもう一度訊ねるアイナ。

「Oh~アイナ、その時はゴカイじゃなかったんだヨ~」

アイナの優しさに甘えすぎたハリーは、それを踏みにじるかのように思わず口を滑らせた。

 

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「ふざけんじゃねーよっ! テメェ、何様のつもりだよっ!ゴカイじゃねーだぁ!? じゃあ、何でワタシの時はゴカイで済まそうとするんだよっ!死ねっ、ハリーなんか死んでしまえ! 磯のワカメの様な海藻にでも引っかかって、海の藻屑となればいいのよっ!!!」

アイナの豹変ぶりにたじろぐハリーであったが、この場を無言でやり過ごせるほど甘くないことぐらいは感じ取ったようだ。だが、振り絞った声はまるで蚊が鳴く様である。

「そんな根掛かりみたいなこと言わないでくれヨ~。それに流石にワカメはマズいヨ、せめてサザエにしておいて欲しいヨ~。それに、ゴカイの何処が不満だと言うんだい?」

・・・アイナは泣きたくなった。もはや取り戻すことの出来ないハリーとの無駄な時間、薄々騙されていることは分かっていたが、いっそこのまま身を委ねても良いと思った時期すらあったのだ。だが、それも今日で終わり。

「さよなら、ハリー。今まで、とても素敵なゴカイだったわ。」

 

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・・・それから数年後、ハリーが岩場で遭難し、本当に海の藻屑となってしまった事を風の噂で聞いたアイナ。

「今思えば、悪い男でも無かったわね。」

ハリーと別れてからというもの、吹っ切れた様に男をとっかえひっかえしてきたが、それゆえにハリーの良さも見えてきたのだった。だからと言って後悔している訳でもない。今の彼女にとって、いくらでも代わりのいる男の中の一人、それ以上でもそれ以下でもない存在をいちいち懐かしむつもりもないらしい。

 

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そんなある日、いつもの様に男たちが貢ぐ大好物のイワイソメを上手に騙し取っていたアイナであったが、今まで見たことも無いような小気味のいいリズムで踊る一人の男と運命の出会いを果たす。

「ヘイ、彼女!俺と一緒にダンスしない? ほら、トゥイッチ&ジャーク!!」

ちょっとやそっとの事では心を乱すことの無い百戦錬磨の女、そんな慢心がアイナの判断を鈍らせたのであろうか。少しずつ、ついばむように攻めていくことで生き延びてきたはずなのに、何故かこの時ばかりは理性を失ってしまう。ひょっとすると、ハリーの結末を知ったことが原因かもしれない。そんな女の弱みを見逃すほどフックは甘くなかった。

「どうしたんだい? 嫌な事でも思い出したかな? そんなもの、俺のルアーを丸飲みにすれば何もかも忘れちまうぜ! ヘイ、リフト&フォール!!」

そんなフックの情熱的なダンスでアイナの本能に火が点いてしまった。その刹那・・・

 

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「ヒャッホーイ!ヒ~~ッツ!!」

フックの高らかな声が磯場に響き渡る。

「ちょっとフック、やめてよ! そんなに引っ張ったら、ワタシ、ワタシ・・・」

必死に首を振りながら抵抗するアイナであったが、フックの鋭い牙はアイナの上顎をガッチリと突き刺しており、その強引なまでのゴリ巻から逃れる術などあろうはずもない。

 

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ついにアイナは海から引きずり出され、力なく磯場に横たわる終末を迎えてしまう。自分を変えるきっかけを作った男の最期を聞いたその日に、よもや自らも同じ道を辿るとは何とも皮肉な話だろう。

だが、不思議とアイナは怖くなかった。いや、むしろ、ようやく来たるべき時が来たのだと安堵しているのかも知れない。

執拗にゴカイで済ませてきたハリー、その細くて食べやすいゴカイこそ、彼女を生かすための優しさであったのだと今初めて気づいたのだから・・・。